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The Arts Cure
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Written by Maggie Thom
Translated by Rieko Yamanaka

News source(s) in parentheses at the end of every article

一般事項 ANNOUNCEMENTS

ニューヨーク・インタナショナル・ダンス・フェスティバルー申込、1月15日まで受付
更新日 1/13/05

2002年に始まったニューヨーク・インターナショナル・ダンスフェスティバルは、当時セント・クレメント・シアター (134席)で22のカンパニーの作品を上演した。以来、新進ダンスアーティストに多くのパフォーマンスの機会と支援を 提供する事で、同フェスティバルは世界中のアーティストの間にネットワークを築き、地元、国内、国際間の交流を促 している。現在、第五回恒例フェスティバルの準備が進行中。ニューヨークの観客に様々なアートフォームを披露するた めに、今年のフェスティバルでは、ショーケーススタイルのプログラムから、複数のカンパニーの抱き合わせのプログラム、 全幕もののショーまで、様々なパフォーマンスを上演する予定。フェスティバルが実施されるのは7月10日から30日までで、 ディカーポ・オペラ・シアターと、アルヴィン・エイリー・スタジオ・シティーグループ・シアター(いずれもマンハッタン) で行われる。また、アウターボロ(区外)のパフォーマンスもある。このフェスティバルへの参加の申込は1月15日まで受付けられている。詳細は、www.internationaldancefestival.orgにて。

2005年度ベッシー賞
更新日 1/13/06

2005年9月18日、ダンス・シアター・ワークショップ、ダンスペース・プロジェクト、ジョイス劇場並びに2005年度ベッシー委員会により、第21回ニューヨーク・ダンス&パフォーマンス賞が発表された。通常「ベッシー」と呼ばれているこの賞は、その名をダンス教師ベッシー・ションバーグ・ヴァーレーに因み、ニューヨーク市におけるダンス・パフォーマンス関連分野の独立アーティストの優秀な創作活動を讃えるもの。ニューヨークのコンテンポラリー・パフォーミング・アーツ界を動かす多彩なアイディアを讃えるため、イベントには450人以上のアーティストやプロデューサーそして報道陣が集まった。タイム・アウト・ニューヨーク誌にリストされたベスト10の中から三千人以上の投票者によって選ばれたタイム・アウト・ニューヨーク・ダンス・オーディエンス賞は、振付家二ール・グリーンバーグが受賞。ベッシー委員会が贈呈した賞のうち6つはパフォーマーに、9つは振付家に贈られた。(ニューヨーク・タイムズ誌、www.dancespaceproject.org)

振付師・クリエーター部門
ジェローム・ベル:“ショー・マスト・ゴー・オン”(DTW)
シンシア・ホプキンズ:“アクシデンタル・ノスタルジア”(セント・アンズ・ウェアハウス)
アロンゾ・キング:功労賞
ラルフ・レモン:“地理三部作”(BAM)
ギデオン・オバルザネックとチャンキー・ムーヴ創作チーム全員:“テンス・デイヴ”(DTW)
テレ・オコナー:“フローズン・マミー”(ザ・キッチン)
メレディス・モンク:四十周年記念公演に功労賞
バジル・ツイスト:“道具返し”(ジャパン・ソサエティ)
クリストファー・ウィリアムズ:“アースラと一万一千人の乙女”(PS122)
パフォーマー部門
モリー・ヒコック:ビッグ・ダンス・シアターでの活躍
ジェニファー・ヌージェント:デイヴィッド・ドーフマンの“電球説”(ジョイス劇場)
オクウイ・オクポクワシリ:ラルフ・レモンの“チャーリー・パットンよ帰っておいで”(BAM)
ジューン・オオムラ:マーク・モリス舞踊団での活躍
ダドリー・ウィリアムズ:アルヴィン・エイリー舞踊団での活躍に功労賞
クリス・ヨン:デイヴィッド・ヌーマンの“タフ・ザ・タフ”(ダンスペース・プロジェクト)

作曲家部門
ジョナサン・ベプラー:ジョン・ジャスパースの“カリフォルニア”(BAM)

美術部門
クローイ・Z・ブラウン(照明):アマンダ・ルラーキの“ラ・ラ・ラ・ラ・レジスタンス(そよ風の島)”(DTW)
マイケル・レヴィ−ン(舞台美術):ジェームス・クデルカの“契約書”(BAM)
ケン・タバクニック(照明):スティーヴン・ペトローニオ・カンパニーとの活動に功労賞

特別賞
H・T・チェンとダイアナ・ドング:ニューヨーク市及びニューヨーク州への地域貢献
ジャネット・クランシー:ダンス・アーティストへの技術サポート
カーラ・ピーターソン:ムーヴメント・リサーチのガッツある運営
タイム・アウト・ニューヨーク・ダンス・オーディエンス賞
二―ル・グリーンバーグ:“パーシャル・ビュー”(DTW)
スーザン・E・ケネディ賞
ジム・ステイリー:ルーレットへの絶えない献身

ザ・フリーがダンス・トーク公演を開催 更新日 1/30/06

  この早春、ザ・フリー劇場の「ダンス・コンバセーション@ザ・フリー」が第3シーズンを迎える。ザ・フリーは2003年9月より、新しいアイディアやフォームで実験中のダンス・アーティストの創作過程作品を発表する無料公演シリーズを毎月開催してきたが、今シリーズのイベントは、それぞれ新旧合わせて4人の振付家の作品を発表する。5月まで続く今シーズンの出演者は、デイヴィッド・アペル、ミジェットダンス、ヴォン・ハワード・プロジェクト、サリ・ノルドマンなど。上演後には二ナ・ウィンスロップとゲストらの司会進行により、アーティストと観客がトークを交わす。今シーズンのゲスト司会進行役はモリッサ・フェンリー、ジョン・ジャスパース、デイヴィッド・ドーフマンなど。詳細はwww.theflea.orgまたは(212)226−2407まで。

 
助成情報 FUNDING WATCH
多数のアンサンブル、NEA助成を授与し欧州フェスティバル公演へ 更新日 1/13/06

  8月17日、国立芸術基金(NEA)が、バルティモアに拠点を置く地方芸術団体ミッド・アトランティック・アーツ・ファンデーションと提携し、国際祭典での公演の資金提供を行うことで米国アーティストの独創性とプロフェッショナリズムの強化を図るUSアーティスト・インターナショナル(USAI)プログラムの2005年度助成獲得者を発表した。MAAFのウェブサイトは、コンテンポラリー・民謡・伝統各種の代表的アンサンブルの国際フェスティバル参加を支持することによって「USAIはアメリカ芸術の多種多様性、優秀さ、そして活力への評価を高め支持層を育てる手助けをする」と述べている。今年のUSAIはヨーロッパ共同体(EU)参加国に招聘されているダンス及び音楽アンサンブルにサポートを絞った。17の米ダンス及び音楽アンサンブルが合計9万9,000ドルを受け取り、エディンバラ国際フェスティバル(スコットランド)、カンヌ舞踊祭(フランス)、国際民謡音楽祭(ポーランド)など欧州11ヶ国のフェスティバルで公演を行う。個人助成は3,000ドル〜10,000ドルに渡った。助成獲得者はグラミー賞受賞の四弦楽団クロノス・カルテット(カリフォルニア州サンフランシスコ)、グレゴリア聖歌専門の声楽隊ザ・ローズ・アンサンブル(ミネソタ州セント・ポール)、多文化コンテンポラリー・ダンス・グループのナイ・ニ・チェン・ダンス・カンパニー(ニュージャージー州フォート・リー)など。他に、ニューヨークのダンス・カンパニーではブリッジマン・パッカー・ダンスや、前回2つのフェスティバル参加のため2件の助成を獲得したジョン・ジャスパース・カンパニーがある。

 
アメリカンズ・フォー・ジ・アーツ、新緊急基金を設置 更新日 1/13/06

  全米芸術擁護団体アメリカンズ・フォー・ジ・アーツが、ハリケーン・カトリーナの被害を受けたメキシコ湾岸地区の芸術コミュニティーに対し、新しく緊急基金を設置した。ワシントン・DCとニューヨーク市に拠点を置くアメリカンズ・フォー・ジ・アーツは、この新基金は「大規模な災害の被害者が地域の芸術を再建できるよう、適時の資金援助を提供する目的で発足された」と発表した。この助成を受けられるのは、政府指定の災害地区に位置する地域の芸術機関(公立もしくは私立の非営利団体)。助成額は1,000〜5,000ドルまでだが、基金委員会の判断により更なる授与も可能。詳しくはwww.artsusa.orgまで。

 
ダンスフォースがNYSCA助成獲得 更新日 1/13/06

  9月8日、ニューヨーク州ダンスフォースの会長ロイス・ウェルクが、同団体に対しニューヨーク州芸術評議会(NYSCA)ダンス部門から16万5,000ドルの助成金が与えられたと発表した。ダンスフォース(元タスク・フォース・オン・パートナーシップ・イン・ダンス)は、ニューヨーク州全土のダンス活動の質と量の向上を目指すダンス団体のネットワーク。1994年に発足されたダンスフォースはこれまでに、アーティストのプロジェクトや組織のイニチアチブのため200万ドル以上を集めている。ダンスフォースの会員たちは毎年、パフォーマンス、創作研修、教育プログラム、能力育成イニチアチブなどを提供し、地域社会とダンス・アーティストとを繋げている。年一回行われるミーティングは、パートナーシップ確立、問題の解決、そしてプロフェッショナリズム発展の機会となる。詳しくはwww.danceforce.orgまで。

 
また「匿名」寄付 更新日 1/13/06

  ニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長は、市内の芸術団体及び文化団体支援のため 、毎年「匿名」で非営利財団カーネギー・コーポレーション・オブ・ニューヨークに1,000 万ドル台の寄付を行ってきた。市長就任後最初の2年間は、毎年1,000万ドルを寄付したが、 2004年は5割増額して1,500万ドル。そして市長選挙が迫った今年、更に500万ドルを上乗せ し合計2,000万ドルを寄付した。今年7月5日、229の文化芸術及び社会奉仕団体がカーネギー 財団から助成金を受け取り、運営費の一部に充てることが発表されているが、今年は合計4 06件の助成が授与される予定で、去年の302件から較べるとかなりの増加になる模様。これ で過去4年間に渡るブルームバーグ市長のカーネギー財団への寄付は合計5,500万ドルとな り、最初の市長選挙キャンペーンに費やした7,000万ドルに迫ることとなる。(バックステージ)

人&場所関連ニュース PEOPLE & PLACES

政治運動の必要性 更新日 1/30/06

全米のプロフェッショナル非営利パフォーミング・アーツ団体を弁護するアメリカン・アーツ・アライアンス(AAA)が、アーティストやパフォーミング・アーツ団体の政治界への関わりを促進する新ウェブサイトを立ち上げた。AAAが誇る3000以上の加盟団体には、パフォーミング・アーツ・プレゼンター会、シアター・コミュニケーション・グループ、オペラ・アメリカ、ダンスUSAなどがある。このウェブサイトは、芸術界に影響を及ぼす政治問題に注意を集めるためのAAAによる最新の策。「このサイトは意図的に、情報を普及させるため能率的で使いやすくしています」と理事のレイチェル・ライオンズ氏は語る。現在サイトには、下院の芸術教育資金を削減する動きや、上院の遺産税廃止案など、非営利パフォーミング・アーツ団体に多大な打撃を与えるであろう問題が掲載されている。AAAは、芸術人の多くが政治界への働きかけをためらっているのを察し、アーティストや芸術団体の声を政治界に響かせようと努めている。アドレスはwww.americanartsalliance.org。

香港バレエ団に新芸術監督 更新日 1/30/06

  現在ABTで教育・訓練部門の芸術監督を務めているジョン・ミーハンが、香港バレエ団の新芸術監督に抜擢されたことが、アメリカン・バレエ・シアターの芸術監督ケビン・マッケンジーと香港バレエ団の理事長シッシー・パオ・ワテリの発表で判明した。ミーハンはABTではコンサルタントとして活動を続けるが、2005−2006年シーズンのスタジオ・カンパニー運営はマッケンジーとクリントン・ラケットが引き継ぐ。ミーハンはプレス・リリースで、ABTを離れるのは寂しいが、新しい任務を楽しみにしていると述べている。またミーハンは、ニューヨーク州プーキプシーにあるヴァッサー大学のダンス科で客員教授として教鞭をとる予定。

スーザン・ストローマン、2005年10月10日イーラン賞受賞予定 更新日 1/13/06

  ブロードウェイ演出振付家のスーザン・ストローマンが第六回イーラン賞に選ばれ、10月10日にニューヨークで受賞予定。 イーラン賞は、選ばれた振付家たちの新作をプロデュースして振付の祭典とするユニークなイベントであり、ジェフリー・ドワ・ マルクス、ブルース・ロバート・ハリス、そしてダンス・スピリット誌が主催。10月10日のイベントでは、ハル・プリンスが 司会を務め、ボイド・ゲインやストローマン演出振付の“コンタクト”のキャストが特別出演予定。ストローマンは、2001年 に最優秀演出と最優秀振付を含む12のトニー賞受賞を記録した“プロデューサーズ”の演出振付を手掛けたことで有名。最近で はリンカーン・センターで、スティーヴン・ソンドハイムが曲を書いた“フロッグス”(2004)の演出振付を手掛けている。 またストローマンがリンカーン・センター劇場用に共作し演出振付を手掛けた斬新的なミュージカル“コンタクト”(2000) は、2000年度トニー賞最優秀振付賞、ドラマ・デスク賞、アウター・クリティックス・サークル賞、ルシール・ローテル賞を受賞、 更にリンカーン・センターからの生中継版が2003年度エミー賞を受賞している。ストローマンは他にも“ザ・ミュージック・マン” (アウター・クリティックス・サークル賞受賞)、“クレイジー・フォー・ユー”(トニー賞、ドラマ・デスク賞、アウター・クリ ティックス・サークル賞、オリヴィエ賞受賞)、“ショー・ボート”(トニー賞、アウター・クリティックス賞受賞)など、ブロード ウェイ・映画・テレビに無数のクレジットを連ね、名声を高めている。またHBO放送の“ライザ〜ラジオ・シティ・ミュージック・ ホールでステッピング・アウト”の振付がエミー賞にノミネートされ、コロンビア・ピクチャーズ社の映画“センター・ステージ” ではアメリカン振付賞を受賞した。ストローマンは更にアステア賞4つという受賞記録の保持者でもある。FITのハフト・オーディ トリアム(227西27丁目)で開催されるイーラン賞は、2005年10月10日月曜日午後7時開演。入場券は15ドル、優先席 は45ドル、ガラ席は65ドル。

アメリカン・アーツ・アライアンス、政治意識の向上を奨励 更新日 1/13/06

 全米のプロフェッショナル非営利パフォーミング・アーツ団体を支援するアメリカン・アーツ・アライアンス(AAA)が、アーティストやパフォーミング・アーツ団体の政治界への関わりを促進する新ウェブサイトを立ち上げた。このサイトは、芸術界に影響を及ぼす政治問題に注意を集めるためのAAAによる最新の策。「このサイトは意図的に、情報を普及させるため能率的で使い易くしています」と理事のレイチェル・ライオンズは語る。現在サイトには、下院の芸術教育資金を削減する動きや、上院の遺産税廃止案など、非営利パフォーミング・アーツ団体に多大な打撃を与えるであろう問題が掲載されている。アドレスはwww.americanartsalliance.org。

ジュリアード、ピーター・ジェイ・シャープ劇場と改名 更新日 10/27/05

  9月7日のジュリアード百周年記念召集会でブルース・コヴナー委員長は、ピーター・ジェイ・シャープ財団のジュリアードへの2千500万ドルの寄付と1992年急逝したジュリアード委員会メンバーのシャープ氏に敬意を表し、同校主要にして最大のジュリアード劇場をピーター・ジェイ・シャープ劇場に改名したと発表した。熱心な熟練ピアニストであったシャープ氏は芸術支援に献身し、その宅地開発業者としての資産がピーター・ジェイ・シャープ財団の基となった。シャープ財団の寄付は、ジュリアードの1千万ドル資本キャンペーン(百周年記念の視点から「第二世紀基金」と呼ばれつつある)に加えられる。召集会は毎年開講日に行われ、700ものダンス・演劇・音楽イベントのパフォーミング・シリーズの皮切りともなるリンカーン・センター・プラザでのピクニックを目前に行われた。今年のスケジュールには、ジュリアード百周年記念の制作依頼を受けた47のダンス・演劇・音楽作品の初演も組み込まれている。

ローランド・サラビア、キューバを去る 更新日 10/27/05

  評論家をして「キューバのニジンスキー」と言わせたローランド・サラビア(23)がこの夏米国に亡命し、1999年より在籍していたキューバ国立バレエ団を後にした。パリ・ヴァルナ・ブルガリア・ミシシッピなどのバレエ・コンクールで優勝しているサラビアは、キューバでは著名な人物。メキシコのケレタロでバレエを教える許可をキューバ政府から得たサラビアは、七月初めに国境を越え米国に違法入国し、その後政治的保護を求めた。キューバ国立バレエ団理事アリシア・アロンソは、キューバ国外の舞踊団での就労許可をダンサーに与えるとして知られており、国際的スターのカルロス・アコスタなどは、キューバ国立バレエ団で定期的に公演してキューバとの絆を保ちつつもロイヤル・バレエ団のゲスト・プリンシパルの座を維持して、キューバのダンサーたちの羨望を浴びている。2003年にボストン・バレエ団とのプリンシパル契約をアロンソに否認されているサラビアは、キューバ亡命は主に芸術的理由によるものと述べている。ボストン・バレエ団の代表者らは、書類が揃い次第、サラビアをプリンシパルとして雇用する意向を表明している。サラビアの弟ダニエル(20)も去る6月に亡命しており、同じくボストン・バレエ団のコール・ドとして2005−2006年シーズンにデビューを飾る。ローランド・サラビアと、ドミニカ共和国で踊るため7月にキューバを去った同じく元キューバ国立バレエ団プリンシパルのアリエイディー・カレーノは、9月にマイアミ国際バレエ祭に出演している。

  
訃 報

オーガスト・ウィルソン、
ピュリツァー賞受賞の劇作家 享年60才

 

 劇作家のオーガスト・ウィルソンさんがシアトルで10月2日、肝臓ガンのため60才で亡くなった。同世代劇作家の中でも特に尊敬されているウィルソンさんは、その優しさ、劇作家仲間への献身的な支援、そして自作品においてアフリカ系アメリカ人俳優が輝く貴重な機会を提供したことで有名だった。ウィルソンさんは1945年4月27日、ペンシルバニア州ピッツバーグで、人種の異なる両親の間に生まれた。1960年代の黒人公民権運動に深い影響を受けたウィルソンさんは、1968年にピッツバーグでブラック・ホライゾン劇団を共同創立した。1970年代から1980年代初めを通じて、ウィルソンさんは詩人として認められるべく奮闘し、“帰還”(1979)、“ジトニー”(1982)、“フルラートン通り”(1980)などの芝居を執筆。最初に成功を収めたのは1984年エール・レパートリー劇場で開演し六ヵ月後にブロードウェイへ移行した“マ・レイニ−のブラック・ボトム”だった。  ウィルソンさんは政治網領を宣教するためではなく、アフリカ系アメリカ人の視点を通した真の人生詩を浮き彫りにするためにそのペンを振るった。ウィルソンさんの劇は10のドラマのサイクルを成し、それぞれが二十世紀のアフリカ系アメリカ人の体験を10年ごとに綴っている。この大河サイクルの最終章“ラジオ・ゴルフ”は、昨春エール・レパートリー劇場で初演したばかり。またウィルソンさんは二十年に渡るその豊富なキャリアを通して、目覚しい受賞歴をもつ。トニー賞最優秀劇も受賞した“フェンス”(1987)と“ピアノ・レッスン”(1990)で二つのピュリツァー賞(アフリカ系アメリカ人劇作家では唯一の受賞者)、7つのニューヨーク・ドラマ・クリティック・サークル賞、2つのドラマ・デスク賞など、他にも数々の賞賛を得ている。2005年9月1日には、ブロードウェイのヴァージニア劇場がオーガスト・ウィルソン劇場へと改名された。

更新日 11/26/05

デイヴィッド・ニロ、
ダンサー・ブロードウェイ俳優、享年89才

 


アメリカン・バレエ・シアターの創立メンバーであり、ダンサーとして数々のブロードウェイや映画のミュージカルに出演したデイヴィッド・ニロさんが9月29日、ロサンジェルスで89才で亡くなった。ニロさんは1940年、当時バレエ・シアターと呼ばれ初シーズンを迎えていたABTに入団した。プリンシパルにはならなかったニロさんだが、その幅広い演技力で、ジゼルからユージーン・ロリングのビリー・ザ・キッドまで、数々のバレエで様々な役を踊った。ノース・キャロライナ州ゴールズブロに生まれたニロさんは、シカゴでバレエ教師ベントリー・ストーンに、そしてドイツの近代舞踊家カート・グラフに師事。1939年シカゴでページ・ストーン・バレエ団とフェデラル・シアター・ダンス・プロジェクトで踊った後、ニューヨークに移りアントン・ドリン、アンソニー・チューダー、ハンヤ・ホルムにバレエを指示。ハンヤ・ホルムがマイ・フェア・レディのオリジナル公演(1956)を振付けたときには、振付アシスタントを務めた。1943年から1945年まで米軍海事のラジオ・オペレーターとして勤務した後、ニロさんは残りの生涯を(1955年のバレエ・シアターの15周年記念公演を除き)ミュージカル劇に捧げた。“グレート・トゥ・ビー・アライヴ”や“アウト・オブ・ディス・ワールド”(1950)などのブロードウェイ作品に出演、1973年には“砂漠の歌”のリバイバルで、初めて単独で振付を手掛けた。ニロさんは1976年よりハリウッドに住み、ダンスとフィットネスを教えていた。

更新日 1/30/06

サラ・レヴィ・タナイ、
イスラエルの舞踊団創立者、享年94才

 

 イスラエル人振付家でインバル・ダンス・シアターの創立者、サラ・レヴィ・タナイさんが10月3日、イスラエルのラマ・ガンで94才で亡くなった。1950年に創立されたインバル・ダンス・シアターはイスラエル最古のプロの舞踊団。レヴィ・タナイさんは豊かな想像力と目覚しい独創性でインバル・ダンス・シアターを率い、ジェローム・ロビンズやアナ・ソコロウなどの著名人の認識と賛辞を得るまでに育てあげた。イェメンのユダヤ人の末裔であるレヴィ・タナイさんは、その振付にイェメン系ユダヤの伝統と近代舞踊を取り混ぜていた。レヴィ・タナイさんは1911年に生まれ孤児院で育った。寄宿学校を卒業してからは、音楽を学び幼稚園教師の養成を受けた。その後、ハビマー劇団で学び、そこで夫のイスラエル・タナイさんと出会った。1991年、より大きな団体(インバル学際民族センター)に併合されたインバルを離れ、二人のシンガー・ダンサーをフィーチャーした“私にキスした人”のナレーターとしてツアーを回った。(ニューヨーク・タイムズ紙)

更新日 1/30/06


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