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元、マーサ・グラハム・ダンスカンパニーのジャクリーン・ブグリジとドンリン・フォアマンが設立したこのカンパニーは、もうすっかりグラハム色から脱したようです。今年の彼らのニューヨーク公演では、若さ溢れるダンサー達の台頭が顕著でした。
ブグリジ振付けの“雨”はミュージシャン達がドラムを叩きながら詠唱して始まります。熱帯の森を連想させる中、紗幕の向こうでダンサー達が踊り、何かを伝って落ちる水の映像が紗幕に映写されます。ダンサー達は、多くがジュリアード・スクールを出たばかりの、非常に美しく強いテクニックを持った初々しいメンバーです。動きを強調する場面があれば、ドラマ性のあるデュエットもありますが、振付けは主張に欠け、ダンサー達の動きと映像だけを見せる結果となりました。
フォアマン振付けの“三つのデュエット”は、ブグリジとフォアマンの夫婦のこれまでを描いた作品。「もし、夢を失ったら…」は素晴らしくトレーニングされたクリスティーナ・マ−カスとデヴォン・レイニーが踊りましたが、表現に乏しく、最後に二人が抱き合って、互いに手を差し伸べ合ってはなれるところだけ、示唆を感じさせます。二つ目のデュエット「抱擁」では、福田純一がジェニファー・エマーソンと踊りました。激しく衝突することもあるけれど、永遠に一緒に歩き続ける夫婦を描いています。エマーソンはグラハムの表現法を引き継いだ、素晴らしいダンサーに育っています。一緒に踊った福田も良い演技でした。最後のデュエット、「…してる」は、ある意味で振付家からダンサーに課せられた課題と言えるでしょう。ヘレン・ハンセンとウオルター・シンキネラはユーモアーを交えて余裕を見せながら踊る風でしたが、結局ここでもテクニックの誇示に終わり、何を「している」のかは不明でした。しかし、彼らの楽しみな将来を見せたことから、敢てフォアマンの課題に答えを出すとすれば、「成長」という所でしょうか。
最後の“組曲:私を抱く腕”もフォアマンの振付けです。彼自身の即興「静かな方法で」で始まります。グラハムやバレエのテクニックを含めた様々な動きをチェロの生演奏で行います。次の「カルテット」は彼を含める4人の男性の踊りです。若いダンサーに較べると流石にフォアマンの表現は抜群です。誰かと手を取ろうとすると、みんな倒れてしまい、そして彼自身も倒れる場面では人生の孤独を思わせ、しんとするものがありました。最後の「ラースト・コール」は4組の男女の踊りです。活発に踊る若い3組のカップルに対し、フォアマンとバニング・ロバーツのカップルはひたすらチークダンスのみ。峠を越えた、落ち着いた男女を感じさせます。これも、グラハムから独立してからこれまでの彼自身を描いた作品と言えるでしょう。
ダンサー達はいずれも優れたテクニックを持つものの、表現力はまだまだです。どんな踊りも全て同じエネルギーで踊るので、その見事さに関心はしても、観客席のおじさんやおばさんは、いつの間にか疲れている自分を発見するのでした。
芸術性 ★★★
娯楽性 ★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★
(Updated on 9/22/05)
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