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バチュラム・ロス、メアリー・アンソニーのもとで勉強したナイニ・チェンは、米国にやってきてから20年たっても、アメリカの古典的なモダンダンスの伝統と、中国の文化を融合させるために熱心に取り組んでいます。また彼女はいまだに振付家のしての自身の声を模索しているようにもみえます。昨年12月、バルーチ大学のネイゲルバーグ・シアターで、公演開始15周年を記念し、チェンは4作品を披露しました。中国の伝統とアメリカの古典の融合には、面白いものも多少見受けられましたが、この晩の公演にはいつくか欠点がありました。チェンの作品は、こうした劇場で上演するにはいささか近視眼的すぎるものであり、しかも創造的でも繊細でもなかった照明は、彼女の作品にすこしも力を貸すものではありませんでした。
Photo:
Carol Rosegg
二人の男性と女性が白い衣装を着て踊る“インセンス(香)”は瞑想的な儀式のような作品です。ジョーン・ラ・バーバラ作曲、演奏による音楽(録音と生演奏の両方を起用)には彼女のおぼろげな歌声に加え、鳥の声、雨、太鼓、ささやきなどが含まれています。ダンサーたちははじめゆっくりと動き、徐々に大きな動きとなっていき、最後は祈祷者のようなシンプルさに落ち着きます。4人のダンサーは全員力強く、かつ美しく、バレエのテクニックとグラハムの激しさを融合させていますが、音楽に見合う恍惚さを見せるには至りませんでした。その原因は退屈といってもいい振り付けにあります。“インセンス”は私たちを儀式として感動させるには、あまりにも「公演用のダンス」と言えるでしょう。
チェン自身は「水袖」を身にまとい、伝統的なソロ作品“絹の河への道”を踊りました。プログラムには「ダンサーの感情につながりのある水の動きを表現するために」と書かれていました。チェンの体に巻き付くシンプルな白いドレスから流れ出る大変長い袖は、はじめは彼女を地面に縛り付けているかのように見えます。が、彼女は自身を解き放つことに成功し、まわりで渦巻き輝いている巨大な袖は、彼女の小さな体をしっかり支えているようでした。残念なことにバルーチの巨大なステージ空間はチェンの繊細さには大きすぎたようで、袖によって創り出されるドラマは、特にパターンだらけの想像力に欠けた照明のもとでは効果を失ってしまいました。
最後の、そして最も意欲的な作品“切れない糸”は人間のつながりの象徴としてロープと結び目をつかったものです。作品の始まりはわくわくするようなものでした。ジェイソン・カオ・ワンの音楽が高まると、薄暗い照明の中、ダンサー達は天井から吊られ舞台いっぱいに広がる絡まったロープに群れているのがみえます。しかし、そのインパクトもすぐに効果を失ってしまいます。次の瞬間、照明が明るくなり、ダンサーたちはロープから素早くおりてしまいます。チェンはミュン・ヒー・チョー製作の素晴らしく良く出来たロープの固まりをセットとして主に使い、動きと密接したものがあまり見られなかったのは残念です。ある瞬間ではエディー・ストックトンがロープに登り、他のダンサーが群がると、みんなでロープのはしを引っぱって、突然放します。気ままにゆれる一本のロープの上の彼をスポットライトが劇的に照らし、そして突然暗転します。作品はそこで終わるべきでした。それはとても美しい瞬間でした。が、その後もかなりの間作品は続いたのです。チェンは素晴らしいアイディアをもっているのですが、“切れない糸”はすこし編集されるべきでしょう。
チェンは美しいイメージをいつも創り出しながら、それらを無駄にしてしまっているようです。ダンスにもっと編集作業が必要とされるにせよ、製作スタッフをもっと慎重に選ぶべきにせよ、チェンが注目すべき中国系アメリカ人の視点を今日のモダンダンス界に提供していることは事実です。一番楽しかった作品“雨のしずく”では、美しいサテンのチャイナドレスをきて戯れている少女たちが、女性へと成長していく様子を描きました。チェンはこの作品で、もっと見てみたいと思わせる、解放感のある楽しい動きを披露しました。チェンは、そうした要素や伝統的な中国の動きの使い方を、彼女の個性を隠す、一般的なバレエやモダンダンスの動きからきちんと識別するべきでしょう。
芸術性 ★★★
娯楽性 ★★
斬新さ ★★
癒し度 ★★
(Updated on 7/15/04) |