アーツ・キュア 2004年 6月・7月のレビュー
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ダンス レビュー

American Ballet Theatre
ロミオとジュリエット

Performed at Metropolitan Opera House
Reviewed on 7/03/04
by R. Pikser
Translated by Rieko Yamanaka

1+1は2よりも大きい筈

 1992年に亡くなったケネス・マクミラン卿は、バレエ界で最も革新的な振付家の一人として名高く、特にその振付は見る者の心を大きく揺さぶることで有名でした。彼の代表作“ロミオとジュリエット”は、主役だけでなく、街の広場の娼婦たちなど脇役にまでも、そんな豊かな振付がされています。残念ながら、少数の例外をのぞいてABTのダンサーたちは技術的には正確ですが、マクミランが彼らにくれた素晴らしい贈り物を生かせるような訓練をされていません。喜ぶべくは、ロミオ役のイーサン・スティーフィルはそうした才能に恵まれた一人と言えます。身体を通常よりももう一瞬長く宙に浮かせ、心持ち早めに次の型に入って、体のラインを普通よりもほんの少し長く伸ばすといった、彼の優れた技術は難しい離れ技をまるで歩いているかのように自然にやってのけて見せます。更に彼は、洗練された女性に夢中になっている性急な少年のロミオを見せた後、初恋に震える無垢なロミオも見事に表現してくれます。これらは見過ごす事ができない才能です。しかし、相手役のシオマラ・レイエスは、第三幕でやっと、マクミランの意図する反抗的で情熱的な少女のジュリエットになりきることが出来たようです。

 準主役の中ではカルロス・モリーナのティボルトの強引さが興味深く、またエリカ・フィッシュバッハのキャピュレット夫人がティボルトの死に動揺する場面が感動的でした。ハーマン・コルネホは技術的には申し分ありませんが、振付とマキューシオの名に負うリスクを冒した演技とは言えません。もっと観客がはらはらさせられ心打たれるようなマーキュシオを演じることが出来た筈です。振付さえ良ければ、ダンサーは正確に踊るだけで良いという人もいるでしょうが、それではダンサーが単なるロボット、もしくは振付家の想像の従順なコマに成り下がることになります。生命力と息吹と英知に満ちたスティーフルのステップ、それを支えるジョージアディスのルネッサンス調のセットと衣装、そしてスケルトンの照明を観ていると、バレエを含め演劇とは共同製作される芸術であり、一人一人の参加者が自分自身の限界を越えようと努力するとき、想像をはるかに越えた領域にたどり着くことができるのだということを思わずにいられません。その領域でこそ、演劇が魔法に変わることが出来るのです。

 

芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★★
斬新さ ★★★★
癒し度 ★★★


 

(Updated on 9/28/04)

ダンス レビュー

Photo: Stephanie Berger

アシュトン祭典
ジョフリー・バレエ

Performed at Metropolitan Opera House
Reviewed on 7/8/04
by Joan Musaro
Translated by Rieko Yamanaka

ジョフリー、アシュトンを祝う

 2004年のアメリカのダンス界では、ジョージ・バランシンとフレデリック・アシュトンの二人の振付の巨匠の生誕100年が祝われました。中でもジョフリー・バレエ団は他のアメリカのバレエ団よりも多くのアシュトン作品をレパートリーに連ね、この偉大な英国人振付家とはより縁が深いことでニューヨークのダンス・ファンに知られています。ならばリンカーン・センター・フェスティバルの一環として開催された二週間のアシュトン記念祝賀公演は、現在シカゴに拠点を置く彼らを再びニューヨークに招聘するには,もってこいのイベントだったと言えるでしょう。彼らの特徴と言えた、若々しく率直で飾り気のない魅力はアシュトン作品によく似合い、そして今もそれは変わりません。

 この夜は三つのはっきり異なったアシュトンのスタイルを網羅していました。季節の挨拶のカードから飛び出したような“レ・パティヌール”のビクトリア調の美しさ、“モノトーンズI&II”の涼しげで簡潔な、まるで別世界の雰囲気、“ウェディング・ブーケ”の奇妙で少し酔いのまわった陰の人間模様。それぞれの作品が、作者が意図したであろう活気、美しさ、そして細部への配慮をもって演じられました。

 “レ・パティヌール”は、かつてないほど可憐でした。金の細工を施した鉄の網と頭上から吊るしたランプに囲まれた氷の池を舞台に、ビロードや毛皮を着た「スケーター」たちがマイアベールの音楽に合わせて滑り、回転し、氷上の一夜を楽しみます。このバレエの中心となっているのは「ブルーボーイ」と呼ばれる、強いテクニックと叙情性を兼ね備えた卓抜なダンサーが要求される役です。大貫真幹(まさよし)は良い場面もいくつか見せましたが、上半身が硬く、滑りやすい氷上でのテクニック捌きには不可欠な、なめらかなコントロールを極めていませんでした。それより遥かに素晴らしかったのは四人の女性ソリストたちでした。二人組のエイプリル・ダリーとエリカ・リネット・エドワーズは見事なフォームと表現で踊り抜き、ディアンヌ・ブラウンとジュリアン・ケプリーはターンのバリエーションに技が光りました。

 “モノトーンズI&II”ではアシュトン特有の控えめな表現が、時間の止まった空間にダンサーたちが浮遊しているかのような、高遠で不思議な世界を創り出しました。この視覚効果は、正確に刻まれる「基本」ステップ、そしてサティの心に染み入るような音楽と動きの表現の不可思議な連携によって生み出されています。“I(第一)”では涼しげなライム色の、“II(第二)”では純白のボディスーツを着て宝石をちりばめた髪飾りを付けた3人のダンサーたちが、きれいに揃った正確な動きで調和と驚きを感じさせてくれました。

 プログラムの三番目、バーナーズ卿の音楽にのせた“ウェディング・ブーケ”は1937年に初演されたものです。クリスチャン・ホルダーがガートルード・スタインによる物語を朗読しましたが、残念ながら音響の悪さがひどく邪魔をしていました。地方での結婚式におけるスタッフや招待客の無作法な振る舞いが、イギリス人独特の観察眼で描かれるこの振付けを、ダンサー達はとても上手に演じていました。これらの登場人物たちはアメリカの観客には珍妙に見えるかもしれませんが、この作品は動きとユーモアを通して人物の心理を素早く描いて見せるアシュトン最大の才能(この場合、犬も含めて!)の典型的な例だと言えるでしょう。

芸術性 ★★
娯楽性 ★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★

 

(Updated on 1/12/05)

ダンス レビュー

Photo: Stephanie Berger

The Royal Balet
ロイヤル・バレエ

Performed at Joyce Theater
Reviewed on 7/16/04
by Joan Musaro
Translated by Rieko Yamanaka

王宮(ロイヤル)のおとぎ話

 この夏、リンカーン・センター(フェスティバル)で振付家フレデリック・アシュトンへの追悼公演が開催され、その間、イギリスのロイヤル・バレエ団が歓迎とともにニューヨークでの再演を果たしました。プログラムはパ・ド・ドゥの作品が続いた後、アシュトン振付の“シンデレラ”に。この新しいプロダクションはウェンディ・エリス・ソームズの演出、舞台美術はトア・ヴァン・シェイク、衣装はクリスティーン・ヘイワ―スがそれぞれ手掛けています。その新しいデザインはまず、敬愛をこめてアシュトンと作曲家プロコフィエフの肖像画が飾られた巨大な暖炉からお目見えします。観客が最初にシンデレラの荒涼とした家を覗くのは、その燃え盛る暖炉を通してなのですが、優れた舞台装置にしてはあまりに不気味な雰囲気と思えました。更に人物描写に関して一つ残念な変化がありました。シンデレラの父親の存在が全くと言っていいほど感じられないのです。母を無くした孤独なシンデレラとの愛情溢れる関係は殆ど見られず、二人のシンデレラの母親に対する悲しみは失われています。これによって人間関係の奥行きが乏しくなり、観客がシンデレラに同情できる機会がほとんど無くなっています。シンデレラは動作表現からもわかるように悲しげで思慮深いままですが、物語に含まれる悲哀をはるかに上回っているのは、二人のとんでもなく不細工なまま姉達のとびきり可笑しな振る舞いです。それを演じているのがかつてはトップの人気を誇ったロイヤル・バレエの元プリンシパル、ウェイン・スリープとサー・アンソニー・ダウエルとくればなおさらです。まったく彼らは本当に楽しそうに演技しており、双方ともずば抜けた役者兼ダンサーですから、この二人が舞台に足を踏み入れる度にシンデレラの影が霞んでしまいます。小柄なスリープは堅苦しいくこぎれいな役柄、そして相変わらずハンサムなダウエルはこれ以上ないほど醜いつけ鼻を見せびらかします。このコンビは息もピッタリで、ほれぼれとする観客を出番の度に沸かせます。

 主役であるシンデレラ(アリーナ・コジョカル)と王子(ヨハン・コッボルグ)は紆余曲折を経てお互いを見つけ出し、真実の愛を得ます。彼らは非常に良く踊りましたが、明らかに良いパートナーであるにも関わらず、観客を圧倒するほどのものがありませんでした。コジョカルは今をときめくバレリーナです。小柄で、甲の高い足に、なめらかな動き。ターンはてきぱきと決めるし、足は高く上がります。しかしどの動作も同じような調子と力加減で踊ってしまい、エネルギー、努力、表現などのニュアンスの細かさがほとんど見られません。可愛らしいルックスですが、プリマ・バレリーナに不可欠な官能的な魅力や威厳ある所作は無く、まるで子供が踊っているのを観ているような気持ちになってしまいます。コッボルグはがっしりとしており、デンマーク出身のダンサーにしては足さばきが不明瞭でした。四季の妖精達の踊りの美しさが保たれていたのは幸いでした。

 

芸術性 ★★★
娯楽性 ★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★


 

(Updated on 1/12/05)

ダンス レビュー

ファウン・ダンス・トゥループ
フランス作曲家たちへのオマージュ

Reviewed on 6/20/04
by Celeste Sunderland
Translated by Rieko Yamanaka

フランス人の調べに舞う

 ニューヨークに拠点をおく日本人のバレエ・カンパニー、ファウン・ダンス・トゥループは、その名をクロード・ドビュッシーの“牧神(ファウン)の午後”からとっていますが、これは作曲者ドビュッシーへの賛辞というよりも、ヴァスラフ・二ジンスキーの振付を1940年代にバレエ・ルシュ(ロシア・バレエ団)で踊った彼らの恩師、ウラジミール・ドコウドヴスキーへの忠誠を示すものです。今年六月、彼らは“フランス作曲家たちへのオマージュ”と題した三作品のプログラムで、フランスへの敬意を表しました。

 創立者の一人、前田実穂が振付けた“ボレロ”(音楽モーリス・ラヴェル)は野生的なギリシャ調の衣装と、出会い、そして敬慕というテーマを取り混ぜていました。儀式的な感じが“春の祭典”を思わせるこの作品では、時折ダンサーたちが無音の中で長い腕をくねらせ、波打つ海を真似る場面が見られました。そこへ主役のカップルが登場すると、場の空気が引き締まりました。奈良岡典子は魅惑的な鶴のような跳躍でステージに現れ、ジャヴィエル・ズールは美しい戦士の力強さを発していました。

 続く“瀕死の白鳥”(音楽カミーユ・サン・サーンス)は、あまりに突然な出だしと、二つの長い、活き活きとした作品に挟まれるという不適切な配置によって、その重要性が薄れてしまいそうでしたが、かろうじてその威厳を保ちました。アンナ・パヴロワが同作品を初演してから92年後の1999年、前田とドコウドヴスキーは協力してミハイル・フォーキンの原形の振付を再演しました。そして今回、前田は再びこの作品を披露し、今は亡き師に捧げたのです。もう届かぬ情熱を込め、彼女はこの悲痛な振付を踊り抜きました。伝統的な白鳥の衣装をまとった彼女の細長い胴体と、どこまでも伸びそうなか細い手足が、傷ついた肉体から立ち直ろうともがき苦しみ、ついには力尽きる白鳥の必死の羽ばたきを描いていました。最後にお辞儀をした彼女は、見るからに感極まっていました。

 同じく「死」を扱った前田演出の“カルメンモ(音楽ジョルジュ・ビゼー)−−あの禁断の愛と悲劇的な嫉妬を描いた誘惑の物語−−は、定番のひだ飾りのついたドレスとスペイン風の振付で活気づいた作品です。ダンサーたちの演技も良く、フラメンコのポーズの合間に、楽しげな、または怪しむような視線をちらっと投げかけていました。可憐でコケティッシュな奈良岡はカルメン役を美しく踊りましたが、彼女の整った正確なテクニックは、男を惑わす冷淡な魔性の女という設定にはいささか無邪気すぎるように見えました。それでも彼女はドン・ホセ(ズール)と闘牛士エスカミーリョ(ヴェンティ・ペトロフ)を虜にしていました。この二人は共にパワフルなダンサーで、ペトロフはカルメンの駆け引きに一喜一憂し、ズールは恋人カルメンの脇腹に剣を刺した後、明らかに動揺する様が見て取れました。

 今回のプログラムにはドビュッシーの作品は含まれていませんでしたが、ファウン・ダンス・トゥループは改めてフランス音楽の魅力を思い出させてくれました。次は、名前の由来である「牧神の午後」の上演が期待されます。

 

芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★


 

(Updated on 10/15/04)

ダンス レビュー

Photo: Gaby Herbstein

ボッカタンゴ

Performed at The Joyce Theater
Reviewed on 7/28/04
by Celeste Sunderland
Translated by Rieko Yamanaka

トップレス・タンゴの刺激

 ブエノスアイレスの売春宿からパリのキャバレー、 そしてニューヨークはジョイス劇場の粋でモダンな舞台まで、タンゴはその暗い、そして華やかな魅惑で、どんな苦い心も鼓 舞させてきました。去る7月に公演された「ボッカ・タンゴ」では、フリオ・ボッカとバレエ・アルゼンチーノ、8人編成のオ ーケストラ、そして2人のシンガーが観客を夢中にさせました。

  アナ・マリア・ステケルマンが振付たこの日の公演は、バラエティー・ショーのような感さえありました。サッカー試合で熱狂する観戦客や荘厳な遺跡の建物の映像が映し出され、燕尾服を着たギジェルモ・フェルナンデスが、まるでラス・べガスのナイト・クラブのエンターテイナーのように“愛しのブエノスアイレス”を艶やかに歌いながら登場すると、辺りはアルゼンチン一色に染まります。

 この夜、真っ先に“インヴィエルノ・ポルテーノ”で、その優雅な肉体でどきりとさせたのはフリオ・ボッカでした。アルゼンチン出身のボッカは、1986年からアメリカン・バレエ・シアターのプリンシパルとして活躍し、1990年にアルゼンチン・バレエ団を創立しています。テーブルに一人、彼はゆっくりと究極のポーズを次々と非常に正確な動きで披露し、観客はこの絶妙な1人だけのシーンを息を呑んで見守ります。その6曲後、ビビアナ・ビヒルが“ペダチト・デ・チェロ(天国のかけら)”を歌う中、ボッカとセシリア・フィガレドがモダンバレエとタンゴのパ・ド・ドゥを楽しそうに踊り、会場は酔ったような陽気に包まれました。このペアはその後でも登場しますが、今度は危険なまでのセクシーさが無邪気さにとって代わりました。2人が荒々しさと優しさを交えて踊るうちに、フィガレドのスーツからは黒いブラジャーがのぞき、すぐにスーツが床に落ちて、ストッキングと下着が露わになります。しかし長い髪を振り乱したこの役柄には、安っぽくてけばけばしい印象を受けました。フィガレドは“ロマンス・デル・ディアボロ(悪魔の恋)”ではトップレスでした。このエロティック なダンスに、フィガレドとボッカは恍惚感を醸し出しましたが、彼女が半裸であることは不適切に見えました。

 小柄で快活なフィガレドと並ぶと、ロザンナ・ぺレズのしなやかな肢体はとてもエレガントに見えました。2人はハーナン・ピクィンと共に、可愛らしく演劇的な“センチェロ”で、女の子らしいささやきや巧み戯れを取り混ぜて踊りました。この日の出演者には男性ダンサーが7人おり、マッチョな“ネグラッチャ”や、“エル・オピオ”に合わせたベンジャミン・パラダのこざっぱりしたチャップリン風の踊りなど、男性ばかりの作品も多数披露されました。ビヒルが歌いボッカが踊った“バラダ・パラ・ウン・ロコ”では歌とダンスの素晴らしい絡みが見られました。ボッカはビヒルの声を動きでとらえ、彼女の言葉を肉体で表現しました。この夜の公演は“エル・フィルレーテ”でクライマックスを迎え、バンドはステージ上で激しい演奏を繰り広げ、2人のシンガーは情熱たっぷりに歌い、8人のダンサーたちがお祭りムードのタンゴのフィナーレを作り上げました。

芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★

 

(Updated on 1/12/05)

ダンス レビュー

アメリカン・バレエ・シアター
コッペリア

Reviewed on 6/25/04
by Celeste Sunderland
Translated by Rieko Yamanaka

大騒ぎと心痛…、すべては人形のために

 等身大の人形たち、元気いっぱいの恋人たち、狂った博士、そして持参金…。“コッペリア”は、その初演以来134年たった今も、愉快なバレエとしての真髄を保ち続けています。アメリカン・バレエ・シアターの6月25日の公演では、シオマラ・レイエスとハーマン・コルネホが主役を務めました。この颯爽たるカップルは茶目っ気たっぷりに踊りました。

 このバレエは、ヨーロッパの童話の中の町を背景に、スワニルダとフランツの恋を描きます。しかしフランツはコッペリウス博士の「娘」と思い込んでいる美しいぜんまい仕掛けの人形コッペリアに夢中です。市長が、結婚する者全員に持参金をプレゼントすると発表し、フランツはスワニルダへの愛を確かめなくてはなりません。コルネホはそれほど痛切な演技は見せなかったものの、力強さとセンスの良さでフランツ役を演じ切りました。彼はまだ若いダンサーですから、いつの日か、この役をしっかり自分のものにすることでしょう。

 一方レイエスは素晴らしいスワニルダを見せてくれました。否応無しにチャーミング、それでいて威厳があり尊大な彼女は、すばしっこい軽やかさとコケティッシュな身のこなしで、ステージの上を自在に踊ります。恋人に冷たい態度をとるシーンでも、瞬時に高慢なスワニルダになってみせました。

 すでに充分陽気なこの舞台に、ユーモア溢れる場面が更なる笑いを添えます。コッペリウス博士の仕事場の鍵を見つけたスワニルダは、手と手をつないで鎖のような列になった9人の女友達を連れ、忍び足でドアをくぐります。この好奇心旺盛な一群は中に入ると様々な国の人形を見つけてはしゃぎますが、カーテンの後ろに座り上品に本など読んでいるコッペリアを発見した途端、怖くなって立ちすくみます。少女達は顔を覆い隠し、しなやかな脚が震えます。

 (鍵を無い事に気付いて)大慌てで博士(ヴィクター・バービー)が帰って来た場面では、スワニルダがコッペリアの洋服を身につけ、彼女になりすまします。まんまと騙されたコッペリウス博士は、コッペリアのこわばった粗削りな動きが優雅で人間らしいものに変ったのは、自分の魔法の呪文のおかげだと思い込みます。このシーンでのレイエスは圧巻で、スペイン風の扇を手にしてあり余る情熱をぶつけたり、上等の飾帯を巻きつけてはしゃいで、いたずらっ子のように仕事場を滅茶苦茶にします。

 お祭りのダンスが展開するドラマにちりばめられています。町の広場で踊る伝統衣装を纏ったカップルたちには、民族色の濃い振付けが生き生きとした調子をつけていました。途中で子供のバレリーナの集団が躍り出して、場面を新鮮な天真爛漫さで包み込みました。二人の擬人的登場人物、曙(ステラ・アブレラ)と祈り(ヴェロニカ・パート)は優雅な神秘性を加えていました。最後は全員総出の贅沢なフィナーレで、はためくオーガンジーとスパンコールの混ぜ合わせに、カラフルな衣装が溶け込んでいました。

 

芸術性 ★★★★★
娯楽性 ★★★★★
斬新さ ★★★★
癒し度 ★★★


 

(Updated on 12/8/04)

WIND FROM THE EAST

 

 

 

武元加寿子
A・huu・・・・vol.9
異教の蓮 Pagan Lotus
”黄金の部屋、蓮シリーズ第2弾”
KAZCO TAKEMOTO DANCE PERFORMANCE


Performed at きゅりあん小ホール
Reviewed on 7/7/04
by Yukihiko Yoshida

静かで実験的な武元賀寿子の新作

 武元賀寿子はこれまで ダイナミックに躍動する舞台を通じて観客を魅惑してきました。今回の新作はこういった武元作品とまた一味異なる素晴らしい内容のものでした。

 舞台奥手に丸いオブジェが置かれています。客席と空間の間には無数の蓮が植えてあります。舞台美術が非日常的な空気を醸し出す中、太田恵資がバイオリンを奏でだし、庄子美樹が舞台に現れます。モダンのみならずコンテンポラリーでも活躍する庄子は肉体から自身の自然な動きを紡ぎ出す踊り手です。個性溢れる庄子の肉体から空中に身体の形象や呼吸から流れが生まれはじめます。一方、定評あるテクニシャンの加賀谷香は女性らしい踊りで魅せます。斎藤徹のベースや様々な楽器の即興が絡む中、 踊り手達の肉体を通過する大気の流れとムーブメントは相互に響き合います。 ナオミ・ミリアンの舞う姿には成熟した踊り手の空気を感じます。武元が現れ、蓮の花のオブジェを使いながらオリエンタルな持ち味を生かして踊る情景はチャーミングでした。音はノイズになり、和音となり、踊り手達と絡み合います。鍛え抜かれた踊り手達の相互の動きが空気を揺らし豊かな情景が生まれました。加えて実演家達をを引き立てていたのは一連の舞台装置でした。小ホールの客席と舞台が近い事から、臨場感のある作品となり、劇場いっぱいに踊り手1人1人の呼吸が広がりました。

 今回の作品では普段の躍動する身体を描く舞台に通じる世界が静かに実験的な姿で描かれていました。この作品は作家の幅広い側面と挑戦的な姿勢を見せた佳作です。踊り手の動きと音楽のコラボレーションにも深みがありました。

 無数の作品を踊り抜いてきた武元の作品には、観念的ではない安定した作風が漂っています。ずっしりと根強い安定感とこれまでの無数の経験がこの作品に生きていたように感じます。最近の武元作品の中でも成功した一本として私は「異郷の蓮」を高く評価します。

(きゅりあん小ホール)

Photo: Hiroyasu Daido

 

芸術性 ★★★★★
娯楽性 ★★★★★
斬新さ ★★★★★
癒し度 ★★★★★


(Updated on 8/31/04)

映画 レビュー

 

 

TM & COPYRIGHT (c) 2004 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

将軍
SHOGUN

Produced (distributed)
by: Paramount Home Entertainment
Publicity Agent:(これは発売元:CICビクターで販売元:ビクターエンタテインメントなのですが、調べた所によると以下の様な記事なっていまして、URLがパラマウントに飛びます。
Reviewed on 7/18/04
by Taro Enjoji

『CIC・ビクタービデオ株式会社は、2002年6月1日をもって社名をパラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン株式会社に変更致しました』
http://www.uipjapan.com/phej/

青い目を通した、古き良き日本の文化

 今回は1980年に米NBCネットワークで放送された日米合作のTVドラマ・シリーズ「将軍 SHOGUN」のDVD版を紹介しましょう。かつて17世紀に日本へ漂着した実在のイギリス人ウィリアム・アダムス=William Adams(三浦按針)をモデルに描いたジェームズ・クラヴェル=James Clavellのベストセラー小説「SHOGUN」を基に、このドラマは制作されています。日米の豪華な俳優たちにより17世紀の動乱する日本や日本の文化が壮大なスケールで描かれています。  

 17世紀初め、オランダ船に乗船していたイギリス人航海士ジョン・ブラックソーン(Richard Chamberlain)は伊豆に数人の仲間と漂着し捕らわれの身となりました。ジョンは按針(あんじん)と名付けられます。按針は最初、近江(目黒祐樹)とその部下達からから敵視されますが、近江の上官である伊豆の領主・矢部(フランキー堺)は彼に好感を持ちます。その頃日本では、西の覇者・石堂(金子信雄)と関東の覇者・吉井虎長(三船敏郎)が天下の覇権を握らんと、虎視眈々と準備している真っ最中でした。そんな矢先に按針は虎長と運命的な出会いをします。按針の多彩な知識と経験に注目した虎長は、天下を統一した後、按針を通してイギリスとの貿易を考えるようになり、彼を重用するようになります。そして虎長の通訳・まり子(島田陽子)は按針に日本の文化を教える内に、按針との恋に落ちていきます。権謀柔術が渦巻く中で青い目の侍、按針の冒険が始まります。

 この“SHOGUN”が1980年にアメリカで放映された時間帯には、映画館やレストランの売上が激減したと言うほどの空前の大ブームを巻き起こし、最高視聴率は40%を超えたといいます。原作者は日本人ではありませんが、撮影は主に日本で行い、茶道、殺陣、馬の乗り方、弓の扱い方、日本の作法、視覚的美術の表現方法(例えば襖の配置、着物の絵柄の等)、史実に基づいた歴史の考察など、きめ細かな心遣いが映像の随所に現れています。CG等の撮影がほとんどない分、より鮮明に俳優や映像を通して古き良き日本の文化が見られる好作品に仕上がっていると思います。

 なお、この“将軍 SHOGUN”は、ニューヨークでは日系書店でDVD5枚組セット(約540分、字幕:日本語 or 英語)で発売されています。

 

 

芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★


(Updated on 10/5/04)

映画 レビュー

Photo: Fu Jun and Peng Xiaowei

たまゆらの女
Zhou Yu's Train

Produced (distributed)
by: Sony Pictures Classics
Reviewed on 7/18/04
by Ryoko Sugawara

天空の湖を求めて

 旅の途中で行き先を失しなってしまったことがありますか?乗っている列車があなたをどこへも運ばないとしたら、なにを想うでしょう。「さらばわが愛」「紅いコーリャン」の中国映画女優コン・リーが演じる「たまゆらの女」の主人公チョウユウは月のように形を変えて現れる愛の光と影を浴びながら旅を続けます。 

 ベトナム国境沿いの古都建水に住むチョウユウは白磁の絵付け師。彼女はある日、詩人チェンチン(レオン・カーファイ)から詩を送られ恋に落ち、彼の住む遠く離れた街重慶までの列車の旅を始めます。しかし、十時間をかけて彼に逢いに行くチョウユウの愛情は募る一方なのに対し,チェンチンは最初の熱情を失っていきます。そこへ彼女の前にもう一人の男性,獣医を営むチャンが現れます。チェンチンと対照的な彼は、無骨ながらも誠実で安定した愛情をチョウユウに注ぎ、彼女は彼を受け入れるものの,結局は彼女の心が詩人の元を離れないという事が浮き彫りになります。チョウユウはチェンチンが重慶を離れた後も,彼の家に通い続けることになるのです。物語には,髪を短くしたコン・リーが演じるもう一人の女性、シュウの存在によるひねりがあります。シュウは「わが天空の湖ーチョウユウに捧ぐー」と題されたチェンチンの詩集を抱え,彼の作品世界を旅しながらチョウユウの影に自分を重ねていくのです。二人の女性を魅了した彼の詩は何を語っているのでしょうか。

 過去と現在のシーンを交差させ,情熱的なチョウユウと冷静なシュウの視点を絡めていく編集は,行き場を失った愛に戸惑い、苛立つ女の気持ちを効果的に見せる仕上がりになっています。また、スン・チョウ監督は、原作では特に強調されることのなかった列車の移動のシーンをふんだんに起用しています。窓から見える移りゆく景色,列車がトンネルを通過する様子,気怠く煙草を吸いながら座席の間を通り抜けていくチョウユウの姿。それらの映像のつながりは,せつない想いで恋人の元に通う彼女の心情をよく伝えています。そしてそのやるせなさをさらに高めるような、胸に迫る音楽は「花様年華」を手掛けた日本人作曲家の梅林茂によるもの。  

 詩人が天空の湖を夢見たように,女性二人も愛の源泉を求めて漂います。私たちは,彼女たちの眼を通して、様々な形をとる愛というものを垣間みることになるのです。

 

 

芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★★


(Updated on 8/03/04)

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