| ヴィンセント・ギャロ。現在のアメリカ映画界において、彼ほど剥き出しに男の未熟さ、哀しみを表現できる人物が他にいるでしょうか?ヴィンセント・ギャロ。現在のアメリカ映画界において、彼ほど剥き出しに男の未熟さ、哀しみを表現できる人物が他にいるでしょうか?一作目の「バッファロー’66」で独自のスタイルを作り上げた彼。今回も自ら監督,脚本、主演,編集,製作,撮影を手掛けることでさらに自身の世界観を深めています。
ニューハンプシャーで試合を終えたバイクのレーサー、バド・クレイ(ギャロ)は次の会場であるカリフォルニアに向けて旅立ちます。寡黙に運転を続ける彼を襲うのは失った恋人デイジー(クロエ・セヴィニー)の記憶。その苦しみから逃れようと、止まる先々で花の名前を持つ女性に近付くのですが、関係を持つに至りません。バドの心にはデイジーだけが咲くことができるのです。途中,彼はデイジーの両親の家に立ち寄ります。彼女の残した茶色いうさぎ、連絡の途絶えた娘を嘆く母親の前で、消えゆくデイジーの面影をつかもうと虚しい努力をするバド。さらには彼女が住んでいた家を訪れます。はたしてバドは,もう一度デイジーに会えるのでしょうか?
この映画では車のフロント・ガラスから映る景色に多くの時間が割かれています。夜の高速道路、陽の沈む瞬間、アメリカの平凡な街並。見慣れた風景でありながら独特の美しさが漂うのは、そこには、せつなさ,といった類いの一定した空気があるためでしょう。また,全体を通してもトーンの統一が素晴らしい作品であり、細部に男の傷む気持ちが反映されています。ギャロの表情,流れる音楽、回顧シーンでの美しいクロエ。そして最後にはそれらの断片がひとつの明確なイメージとなり、輪郭のある哀しみとなって幕が閉じます。プロット重視で進められるアメリカの映画製作の中では、このように強く感情を喚起する個性的な作品に出会うことが多くありません。「ブラウン・バニー」はギャロの独立精神によって産まれた美しい映像詩だといえるでしょう。
芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★★
(Updated on 8/18/04) |