アーツ・キュア 2004年 8月・9月のレビュー
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ダンス レビュー
Wind From the East

「ダンス・エキシビジョン 2004」

Performed at at the New National Theater
Reviewed on 9/15/04
by Yukihiko Yoshida
Translated by Rieko Yamanaka

オーストラリアと日本のコンテンポラリー・ダンス

 オーストラリアのダンスは優れた作家が多いですが、これまであまり日本に紹介されてきませんでした。粉川哲夫(文明批評家・東京ゲーテ記念館館長)が80年代に現代オーストラリア文化を日本に紹介したように、サブカルチャーを育む土壌は豊かで、70年代以来演劇では優れたグループが活躍しています。アジア・環太平洋をカヴァ─するWorld Dance Allianceアジア・環太平洋の中でもオーストラリアは大きな役割を担っています。日本でのこの国のダンスに対するさらなる認知は重要です。

 リー・ウォーレン & ダンサーズはそんなオーストラリアを代表するカンパニーの1つです。「Divining」ではピアニストがスクリャービンの曲を奏で、踊り手達が感情豊かに踊ります。ダンサーが空間性のある構成とダイナミックで伸びやかなムーブメントを踊ります。「Swerve」では対照的に素朴なオーストラリアの日常生活を感じさせます。踊り手達はリズムを刻みながら、ポップダンスやダンサー同志のジャムを感じさせる動きを繰り広げます。車のホイルやバケツを叩く姿は素朴で踊り手の日常生活から生まれたような空気を感じさせます。

 日本のコンテンポラリー・ダンスは日本の現在を多様に描きました。浅野つかさパーフェクトモダン「Lotus〜花の咲く時季〜」はオリエンタルで幻想的な情景です。蓮の花を手に持った踊り手たちは作家のイマジネーションを描きました。中でも塙琴のしなやかな動きは一際映えました。川野眞子「月に歌うクジラ」は、宮沢賢治の文学世界からクジラの歌う世界へ、とまるで現代文学の様な世界の作品です。作家のアイデアを反映した日本の最先端の技術も見逃せません。森山開次の「OKINA」は伝統と現代の相互から日本の肉体を普遍的に描き出しました。能の踊り手の静寂さと対比的に宙を動く森山の肉体の対比は緊張感が漲ります。内田香Roussewalz「冷めないうちにめしあがれ」では現代日本を生きる女性達のエスプリが光りました。いずれもテクニシャンの踊り手達は成熟した女の世界を描く事で、観客を穏やかに挑発します。渕沢寛子と所夏海の洗練された世界は情景を引き立てました。

 オーストラリアで研究を重ねた岩渕功一(文化研究、“Recentering Globalization: Popular culture and Japanese Transnationalism”他)が指摘をする様に、アジアの発展の中で自らを西欧の一部と思いがちな日本の位地は大きく変化しつつあります。日本のダンスをアジア・環太平洋へ紹介する時、その切口を模索する大切さ感じた公演でした。

 

芸術性 ★★★★★
娯楽性 ★★★★★
斬新さ ★★★★
癒し度 ★★★★


 

(Updated on 1/12/05)

ダンス レビュー

エイミー・トロンペッター/デーヴィッド・ニューマン
“幸福の王子”

Reviewed on 9/23/04
by Tamsin Nutter
Translated by Rieko Yamanaka

愛と善行の人形劇

 エイミー・トロンペッターとデイヴィッド・ニューマンの“幸福の王子”はオスカー・ワイルドの美しい寓話をダンスと人形劇で再現するという素晴らしい企画に聞こえました。しかし残念ながら、どたばた喜劇風の解釈とストーリーの重要な部分の省略によって原作が不当に扱われた だけでなく、 二人の作家の趣旨の大半が、粗雑なプロダクションによって台無しにされていました。

 すべてのワイルド童話と同じく、“幸福の王子”は悲痛で、大人向きで、残酷なユーモアのある物語です。生前は裕福さと地位によって守られていた幸福の王子ですが、寒々とした自分の街を見下ろす金の像となった今では、貧困と惨めさばかりが目に入り、貧しい人達を助ける手伝いをしてくれるよう、思いやり薄い小さなツバメを説得します。ツバメはエジプ トへ渡る日を延ばしながらも、 善い行いをするため、そして幸福の王子への愛のため、街に残るのでした。

 ナレーターで幸福の王子役のカレン・カンデルは素晴らしい出来でした。彼女の柔軟な声はワイルドの言葉から音楽を紡ぎ、うめくような金属質の低音は塑像の声を表現するのにピッタリです。生演奏されたダニエル・バーニッジの鈴を振る様な音楽も素敵なものでした。しかしアメリカの脚色家というのはいつになったら、イギリス人が得意とするドライな言葉 中心のユーモアにオチは要らないことに気づくのでしょう。ツバメ役の中国歌劇俳優グオ・イーはまったくのミスキャストでした。 彼のどたばた喜劇風の大袈裟な動き、目玉のよく動く豊かな顔の表情、そして曲芸は、別のショーでなら素晴らしかったでしょうが、ここでは酷く場違いでした。イーはこの役を愛すべき、しかし煮え切らない怠け者として演じています。しかしワイルドの書いたツバメは、権力に服従したからではなく、やがて心を開き新しい視点で世界を見つめるようになった からこそ、街に残ったのです。

 演出・デザインを手掛けたトロンペッターの創作のいくつかは、インスピレーションを得て作られたものでした。貧乏人たちを表す顔のない操り人形たちはマティスの絵のようですが、その最後の変化は見ごたえのあるものです。ツバメによるエジプトの熱狂的な描写(ワイルドの最も同性愛的な散文)は光と色の洪水で表現されます。王子と町の人々がいる、擦 り切れた、暗く
冷たい街とは対照的に、鮮やかな彩りの旗がいかにもエジプトらしい風景とともに舞台を覆います。 しかしながら音で遊んだり、登場人物を人間と人形の両方で表現するなど、トロンペッターのもっとも興味深いコンセプトのいくつかは、技術的な欠陥で失敗に終わっていました。練習不足と思われる場面も多く見られ、場面の流れは時に不自然、或いは長すぎるように感じました。振付演出を担当したニューマンにもその責任はあり、動きと演技と人形劇は、結 局噛み合わないままでした。

 冒頭で、カンダーが脱皮したさなぎのようにコートを人形師たちの手にあずけ、殻になったコートはいたずらな風に吹かれたかのように、ひらひらと舞い上がります。しかしこのように美しい、動きと人形師と小道具の合体は、残念ながらそれ以降ほとんど見られませんでした。


 

芸術性 ★★
娯楽性 ★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★


 

(Updated on 12/24/04)

シアター レビュー

ラルフ・リー
メッタウィー・リバー劇団

カラジオジス




Reviewed on 9/12/04
by R. Pikser
Translated by Rieko Yamanaka

「もっと中身を面白く」

 人形作家、人形師、舞台美術デザイナー、そしてセット製作者であるラルフ・リーは、何年にも渡って世界中の伝統的な人形劇や物語に基づいたショーをアメリカ北東部各地で公演してきました。彼の今年の物語はギリシャとトルコの伝統的な影絵人形劇からきていますが、一人の人形師がすべての人形を操るのではなく、メッタウィー・リバー劇団の俳優達が、素敵な大きなお面をかぶったり、巨大な頭を腹にとりつけたり、竜に見せかけた乳母車で互いを攻撃したりします。その創造力の豊かさにはまさに驚くべきものがあります。

 カラジオジス役のエヴァン・ゼスは、イタリア仮面喜劇の道化者パンチのような鼻と、グラウチョ・マルクスとダニー・ケイから盗んだかのような動作が絶妙に溶け合って、巧みに他人を騙して生き延びる貧しい男の役柄にうまく演じています。ペテン師のキャラクターは昔話を知る人にはお馴染みですが、この場合、物語の起源が国際的なところが更に面白味を加えています。貪欲なカラジオジスとそのお腹を空かせた子供たちと共に、イスラム教徒、キリスト教徒、羊飼い、大臣、お姫様、そしてアレキサンダー大王も登場し、誰かがある話の中で死んだとしても次の話では戻ってきたりします。デイヴ・ハンサカーによる脚本は、ディズニー作品ならウィットとしてまかり通る、気に障る様な気取り過ぎかつ時代錯誤な言葉づかいにふけるのではなく、現代の世情と言語を取り入れて、話に面白さと今日的意義をもたせています。

 残念なことに、この溢れるような独創性は、俳優たちの演技となるとパワーダウンしてしまいます。ゼスと巨大な頭のキリティス役のキム・ガンビーノ以外は誰も、動作や人物を表現する道具としての衣装の可能性を模索してはいない様でした。ゼスは大騒ぎの火付け役であるべきところが、全編を通して彼の独壇場になってしまいました。最終的に、これらの責任は演出も務めたリーにあります。おそらく、マスクや人形が出来上がれば仕事は終わり、演技はなるようになると思ったのでしょう。しかし俳優は操り人形ではありません。彼ら一人一人がしかるべき仕事をして、舞台を作り上げなければならないのです。確かに公演は楽しめましたが、決して見事とは言えないものでした。問題は、素晴らしいものが出来上がる可能性が充分にあったということです。こんなに期待させられなければ、がっかりもしなかったでしょう。私たち観客の欲求は、そそられることはあっても、満たされることはありませんでした。



芸術性 ★★★
娯楽性 ★★★
斬新さ ★★★★
癒し度 ★★★


(Updated on 10/18/04)

映画 レビュー

 

 

Photo: Courtesy of WELLSPRING

ブラウン・バニー
The Brown Bunny

Produced (distributed)
by: WELLSPRING
Reviewed on 8/28/04
by Ryoko Sugawara

ひなぎくの咲く場所へ

 ヴィンセント・ギャロ。現在のアメリカ映画界において、彼ほど剥き出しに男の未熟さ、哀しみを表現できる人物が他にいるでしょうか?ヴィンセント・ギャロ。現在のアメリカ映画界において、彼ほど剥き出しに男の未熟さ、哀しみを表現できる人物が他にいるでしょうか?一作目の「バッファロー’66」で独自のスタイルを作り上げた彼。今回も自ら監督,脚本、主演,編集,製作,撮影を手掛けることでさらに自身の世界観を深めています。  

 ニューハンプシャーで試合を終えたバイクのレーサー、バド・クレイ(ギャロ)は次の会場であるカリフォルニアに向けて旅立ちます。寡黙に運転を続ける彼を襲うのは失った恋人デイジー(クロエ・セヴィニー)の記憶。その苦しみから逃れようと、止まる先々で花の名前を持つ女性に近付くのですが、関係を持つに至りません。バドの心にはデイジーだけが咲くことができるのです。途中,彼はデイジーの両親の家に立ち寄ります。彼女の残した茶色いうさぎ、連絡の途絶えた娘を嘆く母親の前で、消えゆくデイジーの面影をつかもうと虚しい努力をするバド。さらには彼女が住んでいた家を訪れます。はたしてバドは,もう一度デイジーに会えるのでしょうか?

 この映画では車のフロント・ガラスから映る景色に多くの時間が割かれています。夜の高速道路、陽の沈む瞬間、アメリカの平凡な街並。見慣れた風景でありながら独特の美しさが漂うのは、そこには、せつなさ,といった類いの一定した空気があるためでしょう。また,全体を通してもトーンの統一が素晴らしい作品であり、細部に男の傷む気持ちが反映されています。ギャロの表情,流れる音楽、回顧シーンでの美しいクロエ。そして最後にはそれらの断片がひとつの明確なイメージとなり、輪郭のある哀しみとなって幕が閉じます。プロット重視で進められるアメリカの映画製作の中では、このように強く感情を喚起する個性的な作品に出会うことが多くありません。「ブラウン・バニー」はギャロの独立精神によって産まれた美しい映像詩だといえるでしょう。

 

 

芸術性 ★★★★
娯楽性 ★★★★
斬新さ ★★★
癒し度 ★★★★


(Updated on 8/18/04)

映画 レビュー

Photo: Courtesy of MIRAMAX

座頭市
ZATOICHI

Produced (distributed)
by: MIRAMAX/Office KITANO
Reviewed on 8/10/04
by Taro Enjoji


北野武の『座頭市』

  今回の映画は日本が誇る期待の北野武監督の作品です。1989年自ら主演を勤めた『その男、凶暴につき』で初めてメガホンを取ってから『3−4×10月』(1990)、『ソナチネ』(1993)と続いて作品を出しています。近年では記憶に新しい1998年のヴェネチア国際映画祭では『HANA−BI』で金獅子賞を受賞するという素晴らしい成績を収めました。その後2001年の日英合作『BROTHER』、続く2002年の『Dolls』を製作しました。今回の『座頭市』では今までの北野作品とは違う、スピード感あるアクションの連続で物語りは進んでいきます。江戸時代の中頃、江戸の外れの宿場町にぞれぞれ思いを秘めた旅人達がやって来ます。一人は金髪頭に朱塗りの杖仕込刀を持った盲目の居合いの達人・座頭市(ビートたけし)。二組目は以前とある藩の剣術指南役を務めた事もある浪人・服部源之助(浅野忠信)と妻おしの(夏川結衣)です。そして三組目は、謎の旅芸者のおきぬ(大家由祐子)、おせい(橘大五郎)姉妹です。

 3組が入った宿場を仕切るのはヤクザの銀蔵(岸部一徳)一家と、金持ちの商人・扇屋(石倉三郎)です。この銀蔵一家の賭場に入った市は、銀蔵一家のいかさまに気が付き殺されそうになりますが、逆に銀蔵一家を返り討ちにします。一方の浪人・服部はヤクザに自分の剣の腕を見せつけて、銀蔵一家の用心棒となりました。市はおきぬ・おせいの姉妹と知り合い、彼女達の素性を知ります。両親の敵が扇屋と分かった姉妹は乗り込みますが銀蔵一家の罠にはまります。この姉妹を救うために、市は銀蔵一家に壮絶な戦いを一人仕掛けようとします。

 北野武が演じる「座頭市」は今までの時代劇とは違う撮影方法を取っています。殺陣は北野自ら考案しており、立ち回りでは今までの時代劇の常識を超えたスピード感とCGを駆使して斬新なものになっています。ハイ・スピードの殺陣でリズムを刻むかのように次々と相手を倒す姿には圧倒されます。日本の古き良き時代の映像を織り交ぜながら、畑ではビートを刻むかのように桑を振り下ろす農民達、ジャズの演奏をするかのようなリズムで家を建てる大工達、下駄を履いたままでのタップダンスなど独特の北野映画の視点を利かせた映像が随所に見られます。

 北野は今回の映画では今までに無い時代劇映画で扱われなかったエンターテイメントの追及をしていると思います。



芸術性 ★★★
娯楽性 ★★★★
斬新さ ★★★★
癒し度 ★


(Updated on 8/18/04)

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